リーンスタートアップを紹介していると、多くの方からソフトウェア開発やIT起業のためのメソドロジーだという誤解を受けることがあります。

確かにリーンスタートアップのケーススタディとして取り上げる事例についてもこれらの業種が多いのですが、基本的にすべての業種において適用は可能です。

特にこれまでに存在しなかった新製品を市場投入する際には、様々な産業でリーンスタートアップの考え方は大きなアドバンテージとなります。

そのひとつの例として、今日はおもちゃの開発(ゲームソフトではなく玩具です)にリーンスタートアップを適用した事例をご紹介したいと思います。

ご紹介するのは、オランダのトイ・メーカー”Yobble“が、”V-Beat Drumsticks“というモーションセンサー内蔵のおもちゃを開発した際のケーススタディです。

ハードウェア開発の場合、ソフトウェアのように頻繁な改造リリースはできませんが、それでもユーザからのフィードバックを得ながら製品機能と市場のニーズの一致を目指す”Pivot”は、ハードウェアでも同様に可能なのだと言う事を証明してくれています。

2010年10月にエリック・リースのブログで紹介されたケーススタディの抄訳でご紹介します。

冒頭のエリック・リースによるリーンスタートアップの親和性の解説に続いて、実際の製品ビデオも満載のケーススタディをどうぞ。


『ケーススタディ:ハードウェアのラピッド・イテレーション』

私はよく、ソフトウェアを超える領域におけるリーン・スタートアップ適用方法について質問されます。このような場合、私は「2軸」の表を描いて説明をします。

1つ目の軸は、参入する産業における「市場の不確かさ」です。例えば「ガンの特効薬」のようなビジネスにおいては、誰が顧客であり、顧客が何を求めているのかは明確であり「市場の不確かさ」は存在しません。一方、現代のWebベースアプリケーションのようなビジネスにおいては、技術的なリスクは伴いませんが、非常に高い「市場の不確かさ」によって影響されることになります。

もうひとつの軸は、その産業が問われているサイクル時間です。例えば新薬の開発や自動車の開発と言ったゆっくりとしたサイクル時間の産業の場合、この軸のゆっくりした場所に位置します。対極に位置するのは、ソフトウェアやファッションといった、回転が早いビジネスです。

リーン・スタートアップを理解するキーは2つの要素を認識することです。

  1. リーン・スタートアップの技術を最大限に享受できるのは、右上の象限に位置するビジネスです。すなわち、市場の不確かさが高く、なおかつサイクル時間が早いことです。
  2. 近年、地球に存在するすべての産業は、2つの軸の上で「より不確か」で「より早いサイクル時間」へと向うという混乱の最中にいるのです。

すべての産業は、このどちらの軸においても「後退する」動きはありません。そして、より多くの産業がまるでソフトウェアビジネスのようになってきているのです。ご想像通り、全世界的な混乱の根本原因は、ソフトウェアとセミコンの革新によるものです。多くの産業は、かつてのワーク・プロセスがソフトウェアに「感染」したことで、混乱をきたしているのです。そしてその結果、多くの企業がリーン・スタートアップの実践によって利益を得ることができるようになったのです。

これからご紹介するケース・スタディは、商品開発サイクルがハイスピード化しているコンシューマー・エレクトロニクスの産業についてです。これは”Yobble”というスタートアップの現CEOのRonald Mannakによって書かれたものであり、加筆修正は一切されていません。


2005年、アムステルダムのバーで、私と2人の共同創業者は、2年間頑張ってきたスタートアップが絶望的であるという悲しい結論に直面していました。

2003年に我々はモーションセンサーを利用した「マーシャルアーツ」のおもちゃ開発を開始しました。任天堂のWiiがモーションセンサーのすべてを変えてしまう3年以上も前のことです。

そのおもちゃ(私たちは忍者マスターと名づけました)は、両手首に装着する2つのハードウェアユニットでした。子どもが完璧な空手アクションをすると(さらに連続していくつかの空手アクションをすると)、ブルース・リー風の空手サウンドが、装置に取り付けられた小さなスピーカーから聞こえてくるという仕掛けです。

私たちはその商品に惚れ込みましたし、テストユーザーも気に入ってくれました。時代の先端を行っていたのです。

私たちは自分たちをビジョナリーだと思っていましたし、未来はモーションコントロールにあると信じていました。

しかし、私たちはおもちゃの売り込みに失敗したのです。想像出来るすべての会社へ出向きましたが、誰ひとりとしてライセンス契約したいとは思ってもらえなかったのです。

「最近の子どもたちはおもちゃなんて欲しいと思ってないんだ。プレーステーションが好きなんだよ」という言葉は幾度と無く聞いたセリフでした。私たちのユーザーテストでは良好な結果が出ていたにも関わらずです。

さらに悪いことに、私たちは、スタートアップ、ベンチャーキャピタル、エンジェルというエコシステムが適切に機能しないオランダに住んでいたということです。

会社は万策尽き、共同創業者たちは、自分たちはスタートアップには向いていないんだ、と決断していました。

しかし、あるひとつの新しいアイディアがその席で持ち上がったのです。

もし「エア・ドラム」を作ることができたらどうなんだ?センサーが入ったドラムスティックなら? それはただのアイディアでした。

楽器のおもちゃの方が、抽象的なマーシャルアーツの忍者マスターより売り込みはずっと楽です。

それに、「エア・ギター」や、こうした「エア」デバイスをPCにリンクさせるデバイスなど、簡単に拡張が可能なのです。

これはクールだ!私はそのアイディアに惚れ込み、続行を決意したのです。

私はその商品は8才から12才の少年に人気が出ると見込みました。値段は40ドル以下。そんなふうに、すでに商品が売れている状態を想像したのです。

・・・私は間違っていたのでしょうか。

ウォーターフォール

私は以前、「ウォーターフォール・モデル」を採用したいくつかのITプロジェクトに従事していました。ウォーターフォールでは、仕様はすべてあるチームによって書き出され、(見えない)壁の向こう側にいる他のチームによって開発されます。

私が遭遇したすべてのウォーターフォールプロジェクトは、すべて悲惨な結末を迎えました。

仕様書はいつでも多様に解釈され、ユーザビリティは二の次でした。とにかく機能しなかったのです。

私は初期のボーランド・デルファイのベータ版テスターという経験を通じて、早期プロトタイピングと短期間のイテレーションの魅力を学んだのです。

私はハードウェアの開発にも同じ手法が使えないかと想像しました。そして、それを可能にしたのです。

最初の雇用

スタートアップにとって、初期の採用は深刻な問題です。私は技術的なスキルよりも創造性に長けた人材を求めました。

そしてデルフト工科大学の産業デザイン工学科で、Jorisという完璧な人材を見つけたのです。Jorisはクリエイティブで意欲的でした。さらに、彼はドラマーだったのです。

そしてさらに素晴らしいのは、彼は電子機器をいじくりまわすのが大好きだったこと。私は彼の採用を迷うことはありませんでした。そして彼は期待を裏切らなかったのです。

Jorisのインターンシップは6ヶ月だけでした。プロジェクト・スコープを考えるとあまり時間はありません。

私は大学側と話し合い、Jorisには仕様書やその他の意味のない資料の作成よりもすぐにプロトタイプの作成を、と提案したのです。そして彼はやり遂げてくれました。

実際の制作に取り掛かる前に、子どもたちを招いて、木製のドラムスティックでエア・ドラムごっこをしてもらおうとJorisが提案してきました。

それは実に素晴らしいアイディアで、子どもたちは完璧なテスト対象だったのです。

驚いたことに、すべての子どもたちは私たちが想像もしないことを披露してくれたのです。ひとりの例外もなく、子どもたちは「横向き」にドラムスティックを叩き、”ガシャン”といった音を発したのです。

最初にアイディアを思いついたとき、私は横向きの動作なんて想像もしなかったのです。でも明らかに採用するべきすばらしいアイディアでした。

プロトタイプ

翌日から、我々はセンサーが意図したとおりに動くかどうかを見るための、最初のプロトタイプ制作に取り掛かりました。さらには「横向き」の動きが検知できるかも調べるために。

プロトタイプは大雑把な作りでした。Jorisはダクトテープでセンサーを腕に貼り、ただの木製のドラムスティックでエア・ドラムを始めました。

センサーは、我々が開発したシンプルなドラム・プログラムが走る、Arduino(訳者注:基盤開発キットの名前)風のインターフェースを持った7年落ちの古いPCに接続しました。

結果は驚きのものでした。上手くいったのです。(最初のプロトタイプのビデオはこちら

いまや我々は子どもたちが何を求め、製品が技術的に実現可能であることが分かりました。しかし、調査すべきことはまだあって、更にテストが必要なことも分かっていたのです。それらを実行できたのはとても嬉しいことです。

次のプロトタイプには、センサーの角度を最適化するためにポリ塩化ビニールのパイプにセンサーを取付け、PCソフト用の機能も追加しました。

私たちは更に予想していなかった発見をしました。ユーザテストに子どもに付き添いで来ていた両親たちにも、子どもたちに負けず劣らずプロトタイプを気に入る人が現れたのです。そこで両親にもインタビューしてみると、すぐにプロトタイプを気に入る大人はテレビゲームも好きだということを発見したのです。もちろん私たちは自分の製品を気に入っていましたが、大人も気に入ってくれるとは想像もしなかったのです。それからは、テストユーザーは12才から30才を招待することにしたところ、彼らも大いにプロトタイプを気に入ってくれたのです。私たちのターゲット顧客層は一気に広がりを見せました。そして「おもちゃ」というよりは「ガジェット」にすべく、いくつかの変更を行うことにしたのです。

6ヶ月以上に渡って少しずつ機能を追加し、信頼性を向上させたプロトタイプは8世代となりました。各世代のテストを通じ、多くの仮説が正しかったことを学ぶとともに、大多数の仮説が正しくなかったことも学ぶことができました。短い時間で頻繁にテストを行うことで、製品を軌道修正可能にしたのです。私たちは、ハードウェア開発でも短期間で多数のイテレーションが可能であることを証明したのだと信じています。

製品の出荷

いくつかの資金的な理由による遅延を経て、製品は2008年夏にヨーロッパとアジアで販売開始となりました。小売価格は40ドル、まさしくターゲットした価格そのものでした。私たちは6ヶ月も経たずに9万ユニットを販売し、販売店はクリスマスの2ヶ月も前に完売してしまったのです。これらすべての実績は、マーケティングにただの1円も費やすことなく実現したのです! 製品は”The Gadget Show”というテレビ番組で「ベスト・ミュージック・ガジェット」に選ばれ、イギリスのアマゾンでは音楽系おもちゃ部門でベストセラーになり、Firebox.comでは全製品を通じたベストセラーとなりましたが、最も嬉しかったのは、ユーザーが製品を愛してくれたことでした。Firebox.comでは全740ユーザによる評価で4.5点(5点満点)を獲得し(リンク)、これ以上に幸せなことなどありませんでした。

事後検証

私たちは、(ハードウェアの開発でも)頻繁に素早く反復開発することが可能であることを証明したと思います。そして製品の成功は、反復的な開発プロセスによって得ることができるとも信じています。決してすべての課題を見出したわけではありませんが。

私たちは価格テストを行わなかったし、任天堂Wiiもギターヒーロー(プレイステーション・ソフト名)の登場も予想しませんでした。市場参入は利益率の少ないおもちゃ市場を選択しましたが、より利益率が高いビデオゲーム市場でポジショニングすべきだったとも思います。

他にも、製品の出荷後に多数のリクエストを受けた「ダブル・バス・ドラム(メタルミュージックではポピュラー)」は機能に取り込むことができませんでした。「ツー・ドラム・ペダル」や「ダブル・バス・ドラム」といった機能は、ソフトウェアの少々の改良で機能追加することが出来たのですが、販売済みの製品へのアップデートは、開発に使用したマイクロコントローラなしでは不可能だったのです。そうした機能はバージョン1.1で搭載することも出来たのですが、私たちがライセンス契約した玩具製造会社は、オリジナルバージョンでも十分な売上だとして、新バージョンには興味を示しませんでした。

ハードウェア開発環境はより便利になり、より安価になってきています。”Arduino and SuperCollider”といったオープンソースプロジェクトにより、かつてないほどに安く、早く開発することができます。プロトタイプをPCに接続し、PCのプログラムでユーザーテストを実施するのは、ハードウェアテストを実施するのにとても良い手段です。(PC上での開発は、ハードウェア装置だけで開発するより遥かに短い時間で可能なのです)

今年の夏、私はサンフランシスコに移り住み、音楽関連ゲームとiPhoneに接続できるハードウェアコントローラーを制作する新たなスタートアップを設立しました。そこには多くの新しい可能性があります。最近の安価で(プログラムの)書き換え可能なマイクロコントローラーは、低コストのハードウェアでもファームウェアの更新を可能にしてくれます。ハードウェアをインターネットに接続すれば(私の場合はiPhone)、継続的な開発だって可能ですし、小規模で頻繁なファームウェアの更新が可能になるのです。ファームウェアのバグは、いままで何週間も何ヶ月も要していたが、数分や数時間といった修正が可能になったのです。(訳者注:更新項目が多く、頻繁でないソフトウェア更新は、リリースのリスクが大きく、ユーザにも歓迎されないというのがソフトウェア業界の通説です)

(ハードウェアの継続的開発は、エキサイティングな新しい可能性です。加えて、インターネットを通じたファームウェアの継続的開発は、小さな単位による製造工程においても継続的開発を可能にしてくれます。もし製品組立に要する時間が短く、デザインはソフトウェアで決定することが出来たとしたら、製造ラインから出荷されるすべてのユニットが異なるデザインを採用することだって可能になるのです。−エリック・リース注釈)

最後に思うことですが、反復的な設計は主にチームのマインドセットや企業カルチャーに依存しているもので、ツールによるものではないと確信しています。私は幸運にも、自ら責任とリスクを背負う「Aプレーヤたち」(訳者注:天才ではないという意味で)による偉大なチームに恵まれました。もしミスをしたものが罰せられるような企業文化だとしたら、反復的な開発は決して機能しないことを確信しています。


近年は多くの産業においてソフトウェアの開発プロセスが導入され、オモチャ製造の業界もPC上での開発工程が多くを占めるようになっているようです。それでも継続的な反復開発はソフトウェアに比べればハードルは高く、特に製品のローンチ後のアップデートについては、インターネットへの接続環境がないと困難です。

そうした環境でも、製品のローンチ前にどのようなユーザテストを行うかを工夫すれば、こうしたオモチャのような製品でもリーンスタートアップの適用は可能なのです。

大切なのは、ユーザがどのような機能を望んでいるのかしっかりと仮説を立て、それを繰り返し検証することで、ニーズを的確に捉えた製品開発が可能になるということです。