当サイトをオープンしてから、何名かの方から「Lean Startupってなに?」という質問を頂戴しました。すでにスティーブ・ブランクの書籍を読んだという方でも、「製品開発と顧客開発を並行して実施すること」ということ以上の理解は少ないことを感じています。

そこで、今回から4回に渡り、Lean Startupの中核プロセスである、スティーブ・ブランクの顧客開発モデルをご紹介しようと思います。

顧客開発モデルの概要についてはAbout Leanstartupで触れましたが、本連載では、4つのステップについてもう少し掘り下げて解説し、4つのステップがそれぞれどのような目的を持ち、どのような活動を行うのか説明していきたいと思います。

既にスティーブ・ブランクの書籍を読まれた方も、まだ読んでいない方も、Lean Startupの基本となる4つのステップについて理解を深めていただければと思います。

第1回目の今日は、最初のステップ「顧客発見」です。

顧客発見は、顧客開発モデルの最初のステップであり、どんな種類のスタートアップも、必ずこのプロセスから開始します。

顧客発見プロセスのゴールを簡潔に表現すると、

「現時点で創業者が考えていることをまず”そのまま”仮説化し、検証と洗練を行ないながら関心を持つ顧客と出会うこと」

です。

スタートアップの最初のステップでこのようなゴールを設定することは、大企業でのプロジェクト経験がある人ほど違和感を感じることでしょう。

現代マーケティングの常識では、いわゆる3C分析(自社分析、顧客分析、競合分析)を実施して自社と顧客、そして競合他社が抱える課題を分析し、STP(セグメンティング、ターゲッティング、ポジショニング)を行ってターゲット顧客と新製品の仕様を決定する、いわゆる「マーケットイン」による商品開発が主流だからです。

しかし、顧客開発モデルではこのような作業は行わず、創業者の頭の中をそのまま仮説にするのです。

これにはとても重要な理由があるので、さっそく説明したいと思います。

顧客発見のプロセスは、更に4つのフェーズに分かれます。

1.仮説の記述

2.仮説の検証と洗練

3.製品コンセプトの検証と洗練

4.確認

※本書では”0段階”として出資者と創業者間の合意を挙げていますが、主に顧客開発モデルで事業を進めていくことの承認ということですのでここでは割愛します。

ではそれぞれのフェーズを説明していきます。

■1.仮説の記述

顧客開発モデルの基本的な考え方は、スタートアップが考えている事業プランを仮説化して検証をしていくことですので、最初のステップで行うのは、仮説の記述になります。

本書では記述すべき6つの項目が挙げられていますが、事業の内容によっては更に追加したほうがよいことがありますので、こちらはまた別な機会に紹介します。

【仮説の記述項目】

-1.製品仮説

-2.顧客仮説

-3.流通チャネルと価格の仮説

-4.需要開拓仮説

-5.市場タイプ仮説

-6.競合仮説

では重要な項目を見ていきましょう。

多くは一般的な事業計画書でも用意されている項目ですが、顧客開発モデルで最も大切なのは「製品仮説」「顧客仮説」「市場タイプ仮説」です。

スティーブ・ブランクは、市場を「新規市場」と「既存市場」で明確に区別しており、スタートアップが挑む市場がどちらの市場なのかで、とるべき戦略がまったく異なることを強調しています。

さらに、市場タイプの仮説と合わせ、創業者が考えるアイディアが新規商品なのか既存商品なのか、それとも既存商品の再セグメント化(ニッチまたは低コスト)されたものなのかによっても、戦略は変わってきます。

つまり、2つの市場タイプと4つの製品タイプをかけ合わせると、8つの象限が生まれ、理論上は8通りの事業戦略が存在するということです。

過去の失敗の多くはこうした組合せを無視した創業者の戦略に負うところが多く、特に大企業出身の創業者が、会社員時代に慣れ親しんだマーケティング戦略で失敗するケースが多いのです。

先程触れた、3C+STPによる「マーケットイン」によるアプローチの場合、商品企画を実施する部署が考えた製品仕様は、企画の段階から市場への投入に際して仮説の検証を行う機会は非常に少なく、「承認された企画の実現」を目指します。スタートアップがこの手法を用いることこそが、多くの失敗を生んでいるのです。

顧客開発モデルの理解として、この違いをはっきりと認識することが大切です。

製品と市場の組み合わせによる戦略については、また機会を見て詳しくご紹介したいと思います。

■2.仮説の検証と洗練

顧客開発モデルの基本は、仮説と検証の繰り返しです。前フェーズで記述した仮説は顧客への訪問により検証を行ないます。会社の中にいても仮説の検証はできません。実際に外へ出て顧客と話し、仮説を洗練していくのです。

そしてほとんどの場合、当初の仮説がそのままで生き残ることはありません。

このフェーズでは、いくつかの事前準備を行ない、1回目の訪問を行います。

準備するのは、訪問できる顧客リストの作成とアポイントメント、訪問時のプレゼンテーション資料作成、そして顧客が属する市場の理解などです。

こうした準備と訪問を行う際の注意として、訪問の目的を明確にしなければなりません。この訪問はあくまで第一回目の検証を行うためであり、営業に出向くわけではないということです。ポイントは、仮説に対する顧客からのフィードバックがなるべく引き出せるような資料作成を心がけることです。

特に顧客から聞き出すべきは、顧客の抱える「課題」です。

プレゼンテーション資料は、仮説として記述した顧客の課題と解決方法を示し、課題の設定が正しいか、そして解決方法が的確かを検証するために作成します。

スタートアップの多くは、製品についての知識が優先する傾向にあります。

「良い製品を作れば自然に売れる」

という幻想は、過去もそして現在もスタートアップを失敗させる最大の原因ですから、出来る限り顧客の立場で考え、フィードバックを得ることが重要です。

スティーブ・ブランクのお勧めの質問は、

「もし魔法の杖であなたの日々の仕事を何か変えられるとしたら、何を変えますか?」

だそうです。この答えに対する解決策が用意できるとしたら、スタートアップは株式上場を目指せるのだそうです。(笑)

■3.製品コンセプトの検証と洗練

顧客からの最初のフィードバックを得たら、いよいよ最初の仮説の検証を開始します。

検証で重要なのは、その製品を「顧客がどう思ったか?」を確認することです。

顧客から見てその製品が、

「それこそわれわれが探していたものだ!」なのか、

「まあまあいい線行ってるかな? でも、今の製品から乗り換える気はないね・・・」

なのかは、2つ意味で重要です。

1つは、製品仮説が正しかったかの判断として。そしてもうひとつは、その顧客がスタートアップにとって最初の購入者になるかという判断です。

製品に対する顧客の反応は、製品仮説を今後どのように修正していくべきかの判断指標としますが、顧客からのフィードバックのうち「このような機能があればよい」という意見は基本的に採用しません。採用するのは「我々が抱えている課題はこうである」という意見です。つまり、顧客からのフィードバックは主に顧客や顧客市場の課題であり、製品仕様ではないということです。

そして、顧客が本当に購入意思があるかは、スタートアップが立ち上げ初期にターゲットすべき顧客であるかという判断に利用します。

顧客が購入意思を持っているかを判断するときの、スティーブ・ブランクのお勧め質問はこれです。

「もし無償であれば、我々のソフトウェアを全社で導入しますか?」

この質問に対する答えが曖昧だった場合、その顧客は「いま」スタートアップが相手にすべきでない顧客だと言っています。

仮にその顧客が業界の中心に位置する企業であったとしても、スタートアップが正しい学習を行うには適切なパートナーではないと言うことです。

顧客や顧客市場が抱える課題と、顧客の購入意思という2つのフィードバックは、スタートアップが最初に出荷する製品に搭載する「必要最低限の機能」を特定するために利用します。

本記事の冒頭で「仮説は、創業者が考えているままで記述する。ニーズ調査や機能リストは作成しない」とお伝えした理由はここにあります。

スタートアップが最初にフィードバックを受け、そして最初の顧客となってもらうのは”イノベーター”や”アーリーアダプター”であり、メインストリームの顧客ではありません。

スティーブ・ブランクはこのようなユーザを「エバンジェリストユーザ」と表現しています。

エバンジェリストユーザと出会うためには、メインストリーム顧客が要求する機能は必要ありません。むしろ、初期のスタートアップにとっては排除すべき機能です。スタートアップが最初に目指すのは、”minimum viable product(必要最低限の”動く”機能を備えた製品)”です。

つまり、「スタートアップにとって最初に購入者となるエバンジェリスト・ユーザ」に対して、「エバンジェリスト・ユーザが解決手段として要求する、必要最低限の機能」を見つけていくことが、この顧客発見プロセスなのです。

商品機能として多くの機能を要求する顧客は主にメインストリームの顧客です。

メインストリーム顧客は、商品がいかに優れた機能を持っていたとしても、市場にまだ存在せず、競合他社も利用していない未知のソリューションを購入するという冒険は決して行ないません。こうしたメインストリーム顧客をスタートアップがターゲット顧客としてしまうことが、多くのスタートアップを失敗に導いているのです。

■4.確認

仮説と検証を繰り返す中で、スタートアップはエバンジェリスト・ユーザと成りえる顧客と出会います。こうした顧客を想定して以下の様な自問に答えが見いだせれば、顧客発見プロセスを完了し、2つめのステップ「顧客実証」へと進みます。

・顧客が解決したい課題を特定したか?

・製品はそれらの顧客ニーズを解決するか?

・もしそうであれば、ビジネスモデルは実行可能で利益を生み出すか?

・製品を購入する前後の、顧客の課題の変化を描けるか?

・ユーザ、購入者、そして流通チャネルの組織図を作成できるか?

このような質問に対して答えが見いだせたかは、さきほどの2つのフィードバック(顧客及び顧客市場の課題、顧客の購入意思)により検証します。

しかし、こうした問いに対する答えは、簡単に導くべきではありません。

この「顧客発見」のプロセスは、その後に続く全てのプロセスの土台となるものであり、設定した仮説や、問いかけるべきユーザが曖昧であればあるほど、後のプロセスで「無駄」が生じるからです。

これまでにいくつものスタートアップ事例を検証してきた中で、多くのスタートアップがこの顧客発見にて間違ったユーザ(メインストリーム顧客)からのフィードバックを受けたり、最初の製品仮説で多くの機能を盛り込みすぎたことが原因で失敗をしています。

また、市場タイプと製品タイプの判断もスタートアップの成否を大きく左右しますので、検証の中では、自分たちが設定した組合せが本当に正しいのかは、時間をかけてでも正確に判断をすべきです。自分たちが「既存商品の再セグメント商品」だと思っていても、ユーザから見たら実は「新規商品」にしか見えない場合、スタートアップは初期の活動で大きな失敗を犯します。

確実に購入を約束していくれる顧客との出会い、そして「必要最低限の機能」の2つを見出していくことが、スタートアップが支出する「無駄」を最小限にしていくのです。

■まとめ

・スタートアップが実施すべきは仮説の検証であり、計画の実行ではない。

・スタートアップがターゲットする顧客は、すぐにでも購入を約束するエバンジェリスト・ユーザであり、メインストリーム顧客ではない。

・スタートアップが最初に目指すはエバンジェリスト・ユーザが購入する「必要最低限の機能」であり、製品の多機能化ではない。

・これらの組み合わせより製品タイプとターゲット市場タイプを正確に判断し、戦略を最適化する。

・こうした最適化がスタートアップの無駄を最小限にとどめ、スタートアップが成功する確率を高くする

いかがでしたでしょうか。

顧客開発モデルの本質は、スタートアップにおけるマーケティング戦略の最適化です。大企業出身の経験豊かなスタートアップが優れた事業アイディアを持っていたとしても失敗する原因は、すべてこの戦略策定に失敗し、資金を使い果たすことです。

顧客発見に続くステップは「顧客実証」になり、ここでは主に初期のマーケティング4P戦略を策定していくことになりますが、その土台となるのは顧客発見ステップで見出した顧客と製品です。多くのスタートアップが「キャズム」に挑戦することなく消えていくのは、初期のターゲット顧客としてイノベータやアーリー・アダブタをターゲットしなかったことによるものです。

いまを輝くgoogleやAppleにしても、成功の原点はエバンジェリスト・ユーザからの支持を得たことですし、逆に、成功した企業で、最初からメインストリーム顧客の支持を得た企業は存在しません。

みなさんのスタートアップでも、出来る限り早期のエバンジェリスト・ユーザとの出会いを目指して頂ければと思います。