スティーブ・ブランクの顧客開発モデル第二回目は「顧客実証」です。

顧客開発モデルの2つめのステップである「顧客実証」では、前の「顧客発見」ステップでエバンジェリスト・ユーザと出会ったスタートアップが、いよいよ最初の販売を開始します。

顧客実証ステップのゴールはずばり、エバンジェリスト・ユーザへの販売を通じた販売ルート(営業ロードマップと流通チャネル)の実証です。

前のステップで検証した「エバンジェリスト・ユーザが今すぐにでも解決したいと願っている課題を解決できる、必要最低限の機能を備えた製品」は、いったいどのような経路で販売可能であるかを仮説化し、実際の販売で検証を行うのです。

顧客実証にて特に注意すべき点は、このステップで目的とするのは営業ロードマップの確立であり、売上を上げることではないことです。よって、このステップにおいても顧客開発部隊が活動の中心となり、採用した営業担当者に任せきりにしたりしないことです。

私の経験では、顧客発見と顧客実証が完全に終わる前に営業担当者の努力によって受注することは、2つの意味でその後のスタートアップを苦しめることになります。

1つは「たまたま」販売できた製品・サービスが、すでにメインストリーム顧客を満足させるものであるとの”勘違い”を助長させるということ。

そしてもうひとつは、たまたまであれ、顧客は購入した製品・サービスに対するサポートを要求してくるようになることです。メインストリーム顧客が購入するのは「完成された製品」であり、決してスタートアップのビジョンや”必要最低限の機能”ではありません。ですから、顧客が購入前に確認を怠ったことが原因であったとしても、顧客が「期待した」品質については、当然のように要求されるようになるのです。これはただでさえリソースの少ないスタートアップを非常に苦しめることになり、決して潤沢とは言えない売上のために他にやらなければならない事の多くを犠牲にすることになるのです。

もちろん、このステップにおいてなお、エバンジェリスト・ユーザに対して販売するために機能を修正する必要がある場合は、もう一度、顧客発見ステップへ戻って仮説の立て直しから始めます。

では、顧客実証プロセスの詳細を見ていきましょう。

顧客実証プロセスは以下のフェーズに分かれます。

1.販売の準備

2.エバンジェリスト・ユーザへの販売

3.企業と製品のポジショニング

4.確認

■1.販売の準備

エバンジェリスト・ユーザへの販売に向けて、スタートアップは販売の準備を開始します。ここでも注意すべき点は、スタートアップが行うのは、あくまでエバンジェリスト・ユーザに対して販売を行うために必要な準備であり、メインストリーム顧客向けではないということです。ですから、大量のパンフレットの作成や営業部隊の構築といった、既存企業が既存市場向けに販売するための営業部隊の構築などは行ないません。

エバンジェリスト・ユーザへの販売に必要な準備に「バリュープロポジションの明確化」があります。これは、アントレプレナーにはおなじみの「エレベータ・テスト」の更に短縮されたバージョンで、通常は3行以内、できれば1行で表現可能な「顧客にとって最も魅力的なベネフィット」を文章で明確にすることです。

そして、定義したバリュープロポジションを初期の営業資料に反映し、製品を販売するための流通チャネル計画と暫定的な営業ロードマップを作成しますが、ここでも大切なのは、ここで作成した資料や計画は、「拡張可能で繰り返し可能」な最終的な営業ロードマップにするための初期計画(仮説)であるということです。これらは、後のエバンジェリスト・ユーザへの販売を通じて検証されていくのです。

スティーブ・ブランクの「アントレプレナーの教科書」では、こうした営業ロードマップや流通チャネル計画はいわゆる”BtoB”ビジネスについて詳細な内容が記載されています。例えば、最終的に発注に至るまでの顧客社内の検討プロセス(例えば、営業担当役員の承認が最初、続いて技術担当役員の承認、その後に営業担当者、IT部門担当者の順に訪問して合意を得る、など)についての仮説であったり、パッケージ化された製品が出荷からエンドユーザに購入されるまでの流通チャネルの違いやマージン率なのへの考慮が推奨されています。もしみなさんの事業計画が一般消費者向けの”BtoC”ビジネスであった場合、製品の特性、例えば一般消費財なのか耐久消費財なのかを考慮した上で、顧客の購入までのプロセス(例えば旦那さんが商品を選択するが、奥さんが決定権を持つ、など)を検討します。

■2.エバンジェリスト・ユーザへの販売

販売のための準備が整ったら、いよいよ、暫定的に作成した営業ロードマップにそって、エバンジェリスト・ユーザへの販売を開始します。

通常のスタートアップと異なるのは、顧客開発モデルではまだこの段階では製品は正式な販売を開始していないということです(いわゆる製品のローンチ前)。エバンジェリスト・ユーザへの販売は、前のステップで検証した製品、顧客仮説と市場仮説、そして前のフェーズで策定した流通チャネルと営業計画の検証を目的として実施するのです。

こうした手段を用いて仮説を検証する理由として、スティーブ・ブランクは、顧客開発モデル以前に、顧客からのフィードバックを得るための手段として定着していた、「アルファ、ベータ版を顧客に無償提供」することをがスタートアップを苦しめてきたことを例として挙げています。

アルファ・ベータといった試作版に協力してくれるのは主に顧客の先進的な開発部門やエンジニアリング部門であり、得られるフィードバックは技術的な観点に集中します。その結果、スタートアップの営業モデルは顧客開発から製品開発へと向ってしまい、技術的には優れた製品に進化するにも関わらず、「本当にお金を払ってでもその製品を必要とする顧客」とは、最後まで出会うことなく失敗を迎えるのです。アルファ・ベータへの協力者と、製品を購入する「顧客」との違いに気づくことなくこうしたテストを繰り返すことによって、スタートアップは一度も顧客にたどり着く営業ロードマップを知ることなく敗北してしまうのです。

これとは対照的に、顧客開発モデルにおけるエバンジェリスト・ユーザへの製品の販売は、計画した流通チャネルや営業ロードマップが本当に機能するのか?といった観点で実施されます。

このようなステップを踏むことの最大のメリットは、たとえ創業者が技術職出身であったとしても、こうした過程を経ることによって、営業ロードマップの改善がスタートアップに必須であることを強く意識づける点です。これは、スタートアップ内部における部門間の亀裂(大抵の場合、製品開発部門vs営業・マーケティング部門)を産まない組織形成に大きく貢献するのです。

また、売上を上げることよりも仮説の検証に重点をおくため、販売時の割引きや製品のカスタマイズも可能なかぎり実施しないことが重要です。

創業者チーム内にセールスの経験者が全く存在しない場合には、顧客開発部隊がが作成した営業ロードマップの実行要員として、営業のプロを採用することも検討すべきです。

■3.企業と製品のポジショニング

さて、顧客開発モデルではこれまで、マーケティングを中心としたスタートアップが通常行うような活動を中心的には実施してきませんでした。やってきたのは「仮説」を立てるために必要な最低限のマーケティング活動であり、あくまで付随的な活動を通じてのみです。

しかし、エバンジェリスト・ユーザへの販売を完了した現在、いよいよスタートアップもマーケティング戦略策定に向けた活動を開始するのです。

最初に実施するのは、これまでの実績を用いたポジショニングです。このフェーズでは、製品に対するポジショニングと、スタートアップの会社に対してという2つのポジショニングを行ないます。

しかし、当然のことながら実施するのは顧客開発部隊であり、外部から雇い入れたマーケティングのプロではありません。メインストリーム向けの販売を実施していない現時点において、これまでに実践してきた「検証行為」こそが、エバンジェリスト・ユーザという最初の顧客が何を必要とし、何が競合他社との差別化であるのかを最もよく理解しているからです。

製品のポジショニングは、スタートアップがターゲットする市場タイプによってメッセージを検討します。ターゲットが既存市場の場合、伝えるべきメッセージは「自社製品の特定の機能や性能が競合製品に比べて高い」こと。すなわち、「段階的に改善された」製品であるということです。これに対してターゲットが新規市場の場合、伝えるべきメッセージは「自社製品が解決する課題とそれを解決することのメリット」となり、すなわち、「変化による改善」であることを強調します。ターゲットが再セグメント化された市場の場合には、最セグメントした価格や機能が顧客にもたらすメリットを強調したものになるのです。

スタートアップの会社に対する企業ポジショニングも、同様に市場タイプによって設定します。既存市場で目指すのは「競合他社との違い、自社の信頼性」ですが、新規市場の場合は競合他社が存在しないため、「自社のビジョンと将来への情熱」になります。最セグメント化された市場では、スタートアップが再セグメントした価値に大して、自社がそこにもたらすイノベーションを訴求します。

こうしたポジショニングは、スタートアップがターゲットをメインストリーム顧客へ移すことが可能かどうかの判断基準にもなります。

外部の協力者(アナリストやご意見番)に対する製品と自社のポジショニングをプレゼンテーションにより、スタートアップは「既存市場における競争力」や「新規市場の成熟度」などのフィードバックを得ることができます。

例えば既存市場における競争力がまだ十分でないのであれば、顧客実証ステップを繰り返してもう少しシェアを拡大する必要があるし、新規市場がまだ十分に成熟していないのであれば、潜在的なユーザに対して製品がもたらすメリットをより広く伝えていく必要性が確認できるのです。(新規市場が成熟していないということは、つまり「メインストリーム顧客はまだ存在していない」という証明でもある)

■4.確認

顧客発見同様、このステップでも目的が達成できたかどうかを確認し、次のステップへ進むか、更にこのステップを繰り返すか、または前のステップへ戻るのかを判断します。

判断する対象は以下の通りです。

・製品の確認

・営業ロードマップの確認

・流通チャネル計画の確認

・ビジネスモデルの確認

顧客実証に続く「顧客開拓」では、いよいよメインストリーム市場へのアプローチを開始するため、本格的にリソースが必要になってきます。メインストリーム市場へのアプローチでは、失敗した際の資源の消費がこれまでとは全く異なるぐらいに上昇してしまうため、顧客開発モデルの中でもこのステップの完了確認が最もスタートアップにとっての重要な判断となります。

判断する際のポイントは、上記のような内容を「顧客の増加と共に拡大可能か」や「どのような顧客に対しても繰り返し実施可能か」といった観点で検証を行ないます。

また、メインストリーム市場を相手にした場合には、これまでエバンジェリスト・ユーザに対して販売していた価格などを見直す必要があるかもしれません。現在の製品、営業ロードマップ、流通チャネルを維持したままで、販売価格を抑えることが可能なビジネスモデルであるかも検証の対象となります。

こうした重要な判断を行う際には、このステップで製品を販売したエバンジェリスト・ユーザなどにも、「アドバイザリボード」として参加してもらうことも有効です。販売後のエバンジェリスト・ユーザの社内での存在価値が上がっているもしくは何も変わっていない(つまり製品が顧客の会社を失望させていない)のであれば、もしかしたらチャレンジするに値する製品をすでに持っている可能性があるかもしれない。

■まとめ

・エバンジェリスト・ユーザへの販売を開始しても、顧客開発部隊が中心となり、営業のプロに任せきりにしない

・初期の販売は営業ロードマップと流通チャネルの検証を重視し、売上げを目的としない

・エバンジェリスト・ユーザへの販売では、可能な限り製品のカスタマイズや値引きは行わない(売上げが目的ではない)

・製品の無償配布から技術的なフィードバックを得るのではなく、エバンジェリスト・ユーザへの販売から営業ロードマップと流通チャネルに対するフィードバックを得る

・エバンジェリスト・ユーザへの販売ができたら、企業と製品に対するポジショニングを開始する

・製品、企業のポジショニングを行う際には、スタートアップがターゲットする市場タイプを見極めて実施する

・顧客実証以降は大きな支出をともなうメインストリーム顧客をターゲットするので、これまでに実施した仮説検証に疑問がある場合は、勇気をもって立ち戻る

いかがでしたでしょうか。

前のステップ「顧客発見」では主に製品と顧客、そして市場に対する仮説の構築を目指したのに対し、本ステップではそれを実際に販売することで、営業ロードマップと流通チャネルの検証を行ないました。

これは、かつてのスタートアップたちが、製品が完成しても、適切な販売チャネルを持たなかったことによって失敗を重ねてきたことからの学習です。

顧客発見と顧客実証を経て、メインストリームをターゲットするかを判断するには、顧客の課題を本当に理解し、課題を解決できる手段が見つかり、それを市場に対して伝えていく手段(営業ロードマップと流通チャネル)を見いだし、そしてそれらすべてが「拡張可能」で「繰り返し可能」である必要があります。

スティーブ・ブランクはこれらすべてが見いだせたポイントを “Pivot”と表現しています。Pivotとは「中心」とか「軸」といった意味ですが、スタートアップにとってのPivotとは、「市場におけるニーズの存在、そして製品がそのニーズを満たすことが実証されるとともに、顧客への販売が、拡張性があって繰り返し可能な営業ロードマップと流通チャネルを見出した状態」を意味します。

Lean Startupの基本的な概念である「支出の無駄を限りなく排除する」という考え方は、多くのスタートアップがこうした「Pivot」を見出す前に製品開発や営業・マーケティングに多くの資金を投じ、多くの支出を伴いながら製品の機能改善を繰り返すことによって失敗してきたことからの「学習」の成果です。

こうした考え方は、ドットコムバブルが引き起こした「誤った起業術(市場での一番乗りを果たした企業だけが成功するという定説)」からの脱却を目指しているのではないでしょうか。

多くのスタートアップは、まだ製品が市場に受け入れられるのかを実証する前に、大量の資金を投入して失敗を繰り返したのです。(VCがそれを助長した側面もあります)

現在、シリコンバレーで顧客開発モデルやリーンスタートアップが支持されている理由は、こうしたアンチテーゼがアントレプレナーだけでなく、ベンチャーキャピタリストに対しても大きな学びになっているのです。

次回の「顧客開拓」ステップから、スタートアップはいよいよ本格的にマーケティング活動を開始します。

しかし、その前に、製品開発とマーケティング中心の起業から脱却するために必要な活動を、顧客発見と顧客実証の2つのステップで確認をしておいてください。