スティーブ・ブランクの”顧客開発モデル”連載、第3回目は「顧客開拓」です。
前のステップ”顧客実証”でエバンジェリスト・ユーザへの初めての販売を行ったスタートアップは、いよいよメインストリーム顧客に向けた市場参入を行ないます。
顧客開拓ステップの主要な課題はマーケティング戦略です。
たとえ製品・サービスがいかに素晴らしくとも、エバンジェリスト・ユーザ以外には誰も存在を認知されていないスタートアップにとって、メインストリーム顧客の目にとまり、彼らの記憶に留まることは至難の業です。
大企業でプロモーション戦略を担当していた担当者が、4マス(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)を使って大々的にプロモーションを実施したり、大規模な営業部隊を率いてするのとはまったく異なる戦略が必要になるのです。
「顧客開拓」ステップにおけるゴール目標は、「市場タイプに応じた、企業の市場参入手段と製品の市場投入手段を決定し、初年度における売り上げ目標、戦略、効果測定においてスタートアップ内にて合意を得ること」です。
それではプロセスの詳細を見ていきましょう。
顧客開拓ステップは以下のフェーズに分かれます。
1.市場投入の準備
2.企業と製品のポジショニング
3.企業の市場参入・製品の市場投入
4.需要開拓
■1.市場投入の準備
アーリーアダプターであるエバンジェリスト・ユーザへの販売を完了したスタートアップにとって、次に目指すのはメインストリーム市場です。課題が顕在化していて、解決のためには早期の導入を必須としており、主要な機能以外は不完全でも許容し、価格面よりも課題の解決を重視する、などと言った特徴を持つエバンジェリスト・ユーザとはまったく異なるユーザ市場へのチャレンジです。
こうした市場への参入戦略を検討するには、まず、自分たちが参入する「市場タイプ」を見極める必要があります。
良い事業アイディア、製品がありながら失敗していった多くの先駆者たちは、この市場タイプの選定を誤り、メインストリーム顧客への販売にて資本を使い果たす例が非常に多いのです。より多くのユーザの目に留まることを目的とするような大企業のマーケティング経験者には理解出来ない、市場タイプという考え方から見ていきましょう。
スティーブ・ブランクによれば、スタートアップにとっての市場タイプは4つに分かれます。既存市場、既存市場の再セグメント化(価格面)、既存市場の再セグメント化(ニッチ化)、新規市場、の4つです。
既存市場とは、例えばインターネット・ポータルサイトという事業形態、市場に対して、先行者(Yahoo!やexciteなど)と同じビジネスモデルで参入する際の市場タイプです。後続参入業者として多くの機能面などで先行者が提供するサービスを改善していたとしても、ユーザ観点で見れば基本的に同じサービスに見えるような場合が、既存市場へのチャレンジに相当します。
次に、既存市場の再セグメント化というタイプは、先程のように既存市場に対してチャレンジをする際に、価格面や機能面などで強力な差別化を伴いながら市場参入を果たすタイプのチャレンジです。最近流行りの格安航空会社(JetStarなど)は典型的な既存市場の再セグメント化(価格面)ですし、ビジネス専用のソーシャルメディア(LinkedInなど)は、既存市場の再セグメント化(ニッチ化)の典型です。
最後は新規市場です。新規市場とは、投入される製品やサービスはまだ世の中に存在せず、先行者が存在していない状態の市場を指します。
1979年にソニーが初めてカセットテープのウォークマンを発売しましたが、当時、音楽を自分専用に屋外で聞くという習慣は世間に存在しておらず、当然、競合他社も存在していませんでした。こうした、先行者が不在でニーズも未知数な市場が新規市場です。
こうした市場タイプの違いを理解することは、メインストリーム顧客に対してどのようなマーケティング戦略を立案するかという点で非常に重要です。
特に、新規市場や既存の再セグメント化市場へのチャレンジを行う場合、製品そのものの善し悪しよりも、メインストリーム顧客が製品のベネフィットに対して価値を見出すかどうかが成否の鍵となります。
そのため、マーケティング戦略としては、直接売上につながるための施策よりも、製品を利用することでユーザが得られるベネフィットを広く浸透させることが最優先になります。この場合、スタートアップに必要となる要員は営業のプロフェッショナルではなく、新規製品のプロモーション戦略に長けた要員だということです。製品の持つベネフィットをユーザが得られるために必要となる外部環境との依存関係などの判断も、戦略を立案する際の重要な要素になります。(例えばインターネットテレビの普及には、ブロードバンドの普及が欠かせないなどの依存関係)
特に、新規市場と既存の再セグメント化市場への参入の際は、製品やサービスの提供側の観点とユーザ側の観点が異なる場合が多く(提供側は再セグメントだと思っているが、ユーザからは新規製品にしか見えない、など)、市場タイプの選定には十分な時間を掛ける必要があります。
市場投入の準備を行う際には、スタートアップの初年度目標を設定しますが、市場タイプによって、初年度の目標も変わってきます。既存市場であれば、初年度目標は既存市場規模に対する獲得シェアが目標となり、新規市場では、新たなベネフィットに対する市場規模の拡大と市場からの受入規模となります。既存市場の再セグメント化の場合は、既存市場シェアの切り崩しと市場からの受入の両方が必要となります。
■2.企業と製品のポジショニング
参入する市場タイプが特定できたら、タイプに応じたポジショニングを設定します。ポジショニングを行う目的は、自社と競合の比較において、自社の製品やサービスに関する人々の認識をコントロールすることであり、企業および製品に対するポジショニングは、コミュニケーション、マーケティング戦略の基準となるのです。
設定されたポジショニングは、製品を売り出す際の広告代理店の選定の際にも重要な役割を果たします。特に新規市場への参入を試みるスタートアップに対して、その新規市場の価値を理解出来ていないパートナーを選定することは、資本の無駄使いに直結します。そのため、顧客開発モデルの理解はスタートアップ内にとどまらず、マーケティング戦略上のパートナーとも共通の理解にすることが大切です。
ポジショニングはその後の戦略に大きな影響をおよぼすため、企業と製品共に、認知度、顧客の存在、競合製品、競合企業、市場動向などについて、内外からの評価を参考にすべきです。
■3.企業の市場参入、製品の市場投入
ポジショニングが設定できたら、プロモーション戦略の策定です。
準備段階で見出した市場タイプに応じて、猛攻撃を仕掛けるのか、ニッチ戦略をとるのか、それともまずは一部のビジョナリー顧客に対してプロモーションを行うか、などを設定します。
ターゲットユーザを特定したら、そのターゲットユーザに届けるためのメッセージ、メッセージの伝達者を設定します。伝達者は1階層の場合もあれば、コネクタやエバンジェリストなどが細かく細分されている場合もあるため、スタートアップがターゲットした市場タイプおよびターゲット顧客に応じて適切な戦略を策定する必要があります。
また、伝えるべきメッセージがその時代のトレンドと同じ方向を向いているのか?や、メッセージの内容にマッチした媒体の選定も大切な要素になります。
■4.需要開拓
需要開拓と営業活動の違いについてはすでに理解を頂いていると思いますが、メインストリーム顧客へのチャレンジ前に改めて振り返ることは非常に重要なことです。
需要開拓で目指したのは、スタートアップが提供する製品やサービスのベネフィットがメインストリーム顧客に伝えられ、そして購入されるための”仕組みや仕掛け”を構築したのです。”顧客実証”ステップで作成した「営業ロードマップ」とは根本的に異なります。
実際の売上という分かりやすい結果によって効果が測定される営業部隊に対して、顧客開拓戦略の効果測定はしばしば困難を伴います。しかし、後に顧客開拓戦略を見直すべき時期が来たときのためにも、効果測定手段については事前に設定しておくべきですし、市場への投入前後において共に測定し、検証するべきなのです。
顧客開拓の最後のフェーズでは、市場参入を果たしたスタートアップと、市場投入を行った製品の両方に対して顧客開拓の効果測定を行い、その成果についての評価を行います。
顧客開拓戦略の効果測定が困難を伴うのは、スタートアップに限らず大企業にとっても同じことです。しかし、顧客開発モデルの採用によってエバンジェリストユーザへの販売を通じて顧客、製品、営業ロードマップの検証を重ねてきたスタートアップにとっては、検証すべき問題は「メインストリーム顧客と顧客開拓戦略の整合性」に限られたはずであって、多くの資本を費やしながら顧客課題の再設定を行うような”多大な無駄遣い”からは解放されているはずなのです。
特に、市場タイプ判断の振り返りにはとても大きな効果があり、無駄遣いを削減するための絶大なる効果をもたらすのです。
売上の評価は顧客開拓活動の効果との連動によって評価するべきで、例えば新規市場への参入の場合、後続参入者の登場も、評価対象のひとつと成り得るのです。
こうしたすべての活動に対して効果が測定できたときに、いよいよ、「キャズム」超えへのチャレンジを行うための組織構築へと進むのです。
いかがでしたでしょうか?
ハイテク・ベンチャーの場合、創業当時はほとんど技術者だけで構成されていたスタートアップも、顧客開拓を終える頃には営業担当者やマーケティング担当者が加わっていることでしょう。まだそれぞれの部隊は一人か二人の担当者で仮説検証が行われていますが、いよいよ最後となる「組織構築」のステップでは、創業者を含む本格的な組織体系の変更が行われます。
顧客開拓のフェーズで実施したマーケティング戦略の策定は、メインストリームへのチャレンジ以降、トレンドの変化や競合の参入状況に応じて永遠と続く活動になります。そのような場面が訪れた際にも、この顧客開拓で実施した市場タイプの選定、ポジショニング、メッセージ伝達手段の構築、効果測定を繰り返すことによって、最も無駄の少ない企業活動は継続していくことが可能になるのです。
組織構築以降のステップでは更に多くの資本が必要となってきます。
また、もしかしたら創業者ではない経営者が必要になってくるかもしれません。
これまでの3つのステップをいかに適切に実施してきたかによって組織構築のステップの成否は決定され、創業者たるアントレプレナーの成否が決定するのです。
成功までの道のりはもう少しです。
最終回をお楽しみに!