そもそも私がリーンスタートアップについて関心を寄せるようになったのは、私の現職(ITプロジェクト・コンサルティング)がリスクマネジメントと非常に密接に作業を行う職業だと言う理由です。世の中に存在するすべての「プロジェクト」と呼ばれる活動は、新規性の高さに比例してリスク強度が増す仕組みになっており、これは事業においてもまったく同様の構造です。共に、新規性が増せば増すほど、これまで培ってきたノウハウは通用しないか、通用することが実証されていないからです。
事実、「抜本的な」とか「革新的な」などの言葉がプロジェクト計画書の冒頭に記載されているプロジェクトはほぼ例外なく”無数の”リスクにさらされており、プロジェクト・オーナーによる、プロジェクトを行う”目的”に対する強いコミットメントや、計画変更に対する柔軟性がなければ”決して”成功することはありません。
これまでに、多くの起業家の方々との仕事にも携わるなか、非常に多くの方がリスクに対して楽観的であり、計画の精度さえ高めればプロジェクトは成功すると信じる傾向にあることも間近で見てきました。つまり、リスクに対して楽観的である起業家は、努力の方向性をより計画重視にする傾向があるのです。
そこで、2011年最初の記事を投稿するにあたり、改めて「リスク・マネジメント」の観点から、リーンスタートアップを考えてみたいと思います。
話しは少し変わりますが、リーン・スタートアップの生みの親、エリック・リースは、講演やブログにおいて頻繁に「スタートアップ」の定義を伝えています。というのも、実はシリコンバレーにおいても明確な定義が存在していないのが実情のようです。
一般的には「ガレージで2人のコンピュータオタクが行う起業」、などというイメージで語られてしまう「スタートアップ」をより正確に定義することによって、リーン・スタートアップの対象となるアントレプレナーを明確にしようというのが主な主張なのですが、ここでスタートアップと対比されるのは「スモールビジネス」という存在です。
アメリカでは、少人数、小資本で開業する事業を総称してスモールビジネスと呼びます。
Wikipediaでは、スモールビジネスと呼ばれる起業形態として以下の様な事業を例に挙げています。
コンビニ、ベーカリー、デリカテッセン、ヘアードレッサー、貿易商、弁護士、会計士、レストラン、ゲストハウス、フォトグラファー、小規模製造業、オンラインビジネス(Webデザインやプログラミング)など。
Small businesses are common in many countries, depending on the economic system in operation. Typical examples include: convenience stores, other small shops (such as a bakery or delicatessen), hairdressers, tradesmen, lawyers, accountants, restaurants, guest houses, photographers, small-scale manufacturing, and online business, such as webdesign and programming, etc.
http://en.wikipedia.org/wiki/Small_business
では改めて、エリック・リースが定義する、スモールビジネスとスタートアップの区別を見てみましょう。
エリック・リース曰く・・・
「スタートアップとは、極限まで不確かなコンディションにおいて新製品や新サービス開発しようとする人間の行いである」
A startup is a human institution designed to deliver a new product or service under conditions of extreme uncertainty.
「スタートアップは、極限まで不確かなシチュエーションに対峙するよう組織される」
Startups are designed to confront situations of extreme uncertainty.
“極限まで不確かなシチュエーション、コンディション”
つまり、一般的なスモールビジネスに比べて、非常に大きなリスクを伴った起業を「スタートアップ」と呼ぼうとしているのではないでしょうか。
では先ほどのウィキペディアでスモールビジネスの事例として挙げられた事業形態の中には、スタートアップと呼ぶべき事業はあるのでしょうか。
私の考えでは、ビジネスモデル次第では、すべての事業がスタートアップと定義される可能性があると思います。
その理由を説明しましょう。
ビジネスモデルの最小構成は、「誰に」「何を」「どうやって」提供するかです。
誰に(ターゲット市場、ターゲット顧客)
何を(ターゲットの抱える課題、ニーズ)
どうやって(製品、プロダクト、4P戦略)
この最小構成のうち、どこまでが「検証済み、実証済み」であるかが、事業を行う上でのリスクの大小を決定する要素です。
リスク要素はそのほかにも、資金や資源、法令や競合など多岐に渡りますが、そもそも「誰に」「何を」「どうやって」が明確になっていない事業は、このようなリスクに遭遇する「前」に破綻します。
ビジネスモデルにおいてこの3要素が曖昧な場合や、起業家の強い思い込みによって「成功する」と信じこまれている場合、その事業は「非常に大きなリスクを伴っている」と言えます。なぜなら、ビジネスモデルの最小構成の1つも「検証済み、実証済み」ではないからです。
Wikipediaに挙げられた事業形態においても、名前からすれば一般的な事業名が並んでいますが、もしこの3要素の中の1つでも既存のビジネスモデルから差別化を行い、よりニッチなターゲットや製品、サービスで勝負しようとした場合には「未検証」な要素を抱えた起業となり、それだけリスクは増加するのです。
Wikipediaの事例にはありませんが、例えば持ち帰り弁当事業で起業しようとした場合、日本では既に確立されたビジネスモデルですしある程度のニーズも確認済みですが、これを海外で展開しようとした場合、ニーズも4P戦略もまったく実証されない状態において起業することになり、結果として「非常に大きなリスクを抱えている」といえます。
よって、スモールビジネスとスタートアップを区別するのはその事業形態によってではなく、ビジネスモデルがどれだけ検証されているのか、であるのではないでしょうか。
起業の成否を左右する要素は「差別化」です。
しかし、皮肉なことに、差別化を行えば行うほど、リスクは増加してしまうのです。
昨年、iRobotのCEO、コリン・アイグルが日本で講演を行った際に、こんな言葉を述べていました。
「起業家はリスクを取るのではなく、リスクを知ることだ」
この言葉は、差別化することで増加したリスクをそのまま放置したままで勝負するのではなく、差別化によって生じたリスクを的確に把握し対処することが、起業の成功につながるということをとても短い言葉で表現しています。
そして、スティーブ・ブランクの顧客開発モデルは、まさにこのビジネスモデルの検証を顧客発見、顧客実証という2つのステップで行い、リスク軽減するためのプロセスなのです。
私の見解では、すべての起業において、リーンスタートアップの適用は少なくとも一度は検討するべきだと思います。
唯一の例外は、仮にまだ世の中に存在していない製品やサービスであっても、市場の強大なニーズが既に実証されている場合です。例えば、「アントレプレナーの教科書」でスティーブ・ブランクも指摘しているように、ガンの特効薬が開発されれば既に市場のニーズを満たすことは分かっています。こうしたスタートアップにおいては、顧客発見や顧客実証を行うことなく、新薬開発、つまり製品開発部隊にリソースを集約させるべきなのです。
しかし、こうした「すべての人類に共通する課題」を解決するスタートアップでない限り、ほぼ全ての起業は「誰に」「何を」「どうやって」のいずれかにおいてリスクを抱えています。
顧客開発モデルの提供対象者の説明を、スティーブ・ブランクはこう締めくくっています。
「過去においてアーリーステージのベンチャー企業のほとんどの起業家が『作れよ、さらば顧客は来たらん』が自分の会社に当てはまると信じていたということだ。そのような格言が適用できるのは少数の会社であり、大多数ではないということである」
大切なのはリスクを知ることです。
そして「リスクを知る」には、起業における先輩たちの「失敗パターン」から学ぶのが最も有効な手段なのです。
スモールビジネスとスタートアップの違い、そしてリーン・スタートアップによるリスクコントロールを理解することは、すべてのアントレプレナーにとって大きなアドバンテージとなります。
みなさんはご自身の起業をリスクを抱えたまま勝負しますか?
それともリスクを軽減して、効率的、効果的な資本投資をしますか?
答えはすでにシリコンバレーが出してくれています。