シリコンバレーのベンチャー・キャピタル、Y Combinatorに関する記事をひとつご紹介します。
シード期のベンチャーに対する出資を行うY Combinatorは、シリコンバレーで最も注目を集めるVCの一つです。
Y Combinatorから出資を受けたスタートアップは、その後のラウンドでもベンチャーキャピタルからの投資が付きやすいという噂もあります。
リーンスタートアップとも関係が深く、Y Combinatorから出資を受けたベンチャー企業がリーンスタートアップのケーススタディを発表したり、スティーブ・ブランクのブログや講演でも、優秀なスタートアップを産み出しているVCとして度々紹介されています。
創始者ポール・グレアムが自身のブログで語っている”get a version 1 out fast, then improve it based on users’ reactions(Ver.1.0を早くリリースし、ユーザのリアクションをベースに改善すべし)”も、アジャイル開発を基本とするリーンスタートアップと同じ考え方でもあります。
Y Combinatorの大きな特徴は、シード期のベンチャーに対して出資を行うだけでなく、年に2回、3ヶ月に渡るアントレプレナー・スクールを提供することです。
スクールの内容についてはこちらや、こちらに詳しい記事がありますので参照いただきたいと思いますが、今回ご紹介するのは、このY Combinatorに参加したスタートアップ企業RapportiveのファウンダーMartin Kleppmannが、自身の3ヶ月間の体験を「楽しいものではなかった・・・」というタイトルで発表した記事の抄訳です。
Y Combinatorで受ける教育内容が、参加したスタートアップから紹介されるのは貴重で、特に記事の中に登場する「ザ・プロセス」という、スタートアップの浮き沈みが表現された”手書きの”ライフサイクルの図は、実に興味深い内容です。
Martin Kleppmannの記事の抄訳と共にお楽しみください。
『ボクはY Combinatorを楽しめなかった』
Y Combinator(YC)で過ごした3ヶ月は、正直、楽しいものではないかった・・・
断っておくけど、それはYCのせいじゃない・・その全く反対。彼らが無理な要求をしたわけでもない。2010年夏にYCに参加したことが正しい選択だってことを、ただの1秒たりとも疑ったことはないんだ。でも自分たちのYCでの経験は、他のYCに参加するスタートアップの経験とは違っていたということ・・
違いって?我々はすでにローンチしてたことさ。
ローンチしてるなんて素晴らしいことじゃないか!って君は思うだろう。我々はそれを無事に迎えることが出来たんだからね。うん、そうだな・・でも我々がYCで過ごした3ヶ月(そしてきっともう1ヶ月ぐらい・・)は、こんなことで黙殺されたんだ。
- 大量のサポートメールとツイートへの返信
- シードラウンド資金調達
- ユーザ数増加に伴うインフラ増強
- プレスやブロガーへの対応
- 求人応募者のレジュメ精査とインタビュー
- ヤバいバグフィックス
- 米国内で就業するためのビザ申請
- YCディナーとオフィスアワーへの出席
契約によって、理想郷たるYCでは3ヶ月間をこう過ごさないといけない:
- 製品開発を進めること
- YCディナーとオフィスアワーに出席すること
例えサポートに費やした時間が多かったとしても、僕たちは自分たちのユーザのことをとてもよく理解することができたし、怒れるクレーマーたちを強力なサポーターにすることさえできたから、すべての作業はとっても価値あったよ。でも、それは実にイライラすることだったんだ。ボクらの製品開発はずっと止まったままだったし。しかも自分たちがそんな状態の時に、他のスタートアップたちは毎週新たな機能をデモし続けて、製品開発フローでは急速なペースで生産性を向上させてたんだ。
きっとボクは、ユーザサポートもデータベースの心配もなく、ただ急速に前進して製品を構築していられる連中のことを妬んでいたんだと思う。一方では、もちろん自分たちの製品を毎日使い、愛してくれるユーザにとても感謝していたにも関わらずね。
幸いなことに、こうした経験をしたのは自分たちが初めてじゃなかったんだ。YCのオフィスにはホワイトボードがあって、YCで創業するすべてのスタートアップが常に思い出せるように、スタートアップの状態が図式化されていたんだ。「ザ・プロセス」と名付けられたその図には、ひとたびスタートアップがローンチしたら、新鮮な気持ちは消え失せ、チームは自分たちが「悲しみの谷」にいることに気づく、と書いてあったんだ。僕たちは「悲しみの谷」がどんなふうなのかわかっていたよ。、表現するなら「楽しくない・・・」ってことさ。
でも良いニュースも・・・。Rapportiveはようやく次のフェーズへと進み始めたみたいだ。つまり「改善版のリリース」を果たし、明るい兆しが見えてきたんだ。これは「一時的な希望の見え隠れ」なのかも知れないけどね。でもさ、資金は銀行にあって、ビザは発給されたし、システムはずいぶん安定した。そしてなによりも、ボクたちの製品開発がまた進み始めたんだ。もうすぐすっごくクールなリリースができそうだし、きっと希望は本物なんだ。どうやら「愚かな撃沈」を回避することができたみたいだし。
で、何を学んだかって?
- >製品を、眼に見える反復的な改善を行なうってことは、間違いなくスタートアップがすべき一番大切なことだ。でも悲しいことに、製品開発以外の事に信じられないぐらい時間と奪われるんだ。ポール・グレアムは、「スタートアップがお金のことを考えている時間が、アイディアを育てる時間を無くしてしまう」ということをブログに書いていた。それがダメだってね。それは事実だと思う。でもボクはスタートアップの時間を奪うリストに、障害対応、人材採用、ビザ取得も付け加えたい。
- >いま、ボクたちは製品開発に集中するためにあえてリクルートや資金調達といった活動を止めてる。ずっと無視し続けることは出来ないのはわかってるけど、でも今はボクたちのベストを尽くすこと、つまりみんなが欲しいと思ってくれる製品を作ることに集中することが、事業にとって一番なんだと思う。(唯一、ユーザサポートだけは避けられない。とっても大事だから。でもサポート担当をローテーションすることで、チームのほとんどのメンバーは開放されている)
- >アメリカのパスポートを持っていることには感謝すべき
- >ときどき泥沼のような状態を切り抜けなきゃいけないだろうけど、避けては通れないんだ。でも前を見て前進を続ければ乗り越えられると思う。そうすれば明るい兆しが見えてくる。
—-end—-
Y Combinatorの年2回のスクールに参加できるのは、400〜500にも及ぶという応募の中から選ばれたスタートアップのみ。
その狭き難関を経て参加したRapportiveですが、さすがにすでにローンチしている製品のサポートと両立するのは辛かったようです。(しかもビザの問題まで・・・)
新規事業に取り組む際、製品開発を進めたいのにそれに時間を割けないというのは、スタートアップのみならず、すべての技術者なら同様に感じるストレスでしょう。
サポートから解放されれば、きっと2倍以上のスピードで実装可能になるのに・・・と思いながら。
でも、通常のプロジェクトならリリースを優先して技術者をサポートから隔離するのが適切ですが、スタートアップの場合は違います。
スタートアップの製品開発とは「永久に続くプロジェクト」であり、そのプロジェクトを正しい方向に導いていくためには、ユーザからのリアクションやフィードバックが不可欠なのです。
Martin Kleppmannのブログタイトル”I didn’t really enjoy Y Combinator”は、名声を誇るY Combinatorに対して挑戦的ですが、記事の内容を読むと、結局のところ、製品開発とサポートの両立という困難を乗り切ったのは、Y Combinatorのスタートアップスクールに参加したから成し遂げられたことなんだと言うことが伝わります。
通常では成し遂げられないことを継続するには、それを絶対にやり遂げなければならない環境を創りだせば乗りきれるのかもしれません。
それにしても、”ザ・プロセス”と題された手書きのライフサイクル図は、スタートアップに振りかかる困難を予想しているかのように、起こるハプニングとスタートアップの心境を適切に表現している気がします。
このように貴重な体験が、もっと多くのスタートアップから情報が出てくれば良いのですが・・・
追記:この記事の原文(http://martin.kleppmann.com/2010/12/21/having-a-launched-product-is-hard.html)が最初にポストされたのは2010/12/21でしたが、やはりタイトルが刺激的だったのか、現在は”Having a launched product is hard”(ローンチ済みのプロダクトを抱えるのはツラい)に変わっています!
本文の冒頭部分も修正されているようで、やはり何らかのプレッシャーがあったのでしょうか?(笑)
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Y Combinator
http://ycombinator.com
Rapportive
http://rapportive.com
製品:gmailでメール送信者のSNS登録情報を表示するプラグインを提供している(なかなかイイです!)
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