今回は久しぶりにケーススタディをご紹介します。

 

エリック・リースが紹介する今回の事例は、大企業でもリーンスタートアップの採用が進んでいること、小売業、物販の分野でもリーンスタートアップの実践が可能であることを紹介していますが、その背景には、スタートアップが忘れてはならない大切なメッセージが隠れています。

 

アメリカではリーンスタートアップの採用は、もはやスタートアップだけではなくなりつつある現状(スタートアップにとっては厄介なこと・・・)も感じながら、抄訳と解説をご紹介します。

 

元記事はこちら

http://www.startuplessonslearned.com/2011/10/case-study-nordstrom-innovation-lab.html

 

 


 

本日のケーススタディでは、リーンスタートアップの本質に関して、例えば以下のような疑問に一気にお答えします。

  • リーンスタートアップは大企業でも適用可能か?
  • リーンスタートアップはローテクな物販でも適用可能か?
  • リーンスタートアップは小売業でも適用可能か?

 

 

ここ数ヶ月、こうした疑問について精力的に回答してきた結果、私は答えは「イエス」だと確信するに至りました。しかし「論より証拠」という言葉通り、実践事例を見て頂こうと思います。

 

ノードストロム社はフォーチュン500の254位に位置し、売上高900億円というスタートアップとは一線を画す大企業です。しかしながら、彼らもイノベーションを起こすプロセスを模索するという、すべての現代企業が直面する企業間競争のプレッシャーにさらされているのです。クレイトン・クリステンセンの「イノベーションのジレンマ
」を読んだ方なら分かる通り、企業にとって潜在的な「破壊的イノベーション」への投資を成功させることは非常に困難なことなのです。

※訳注:ノードストロムはアメリカ5大デパートチェーンの1つです。

 

私はノードストロム社のイノベーション研究所長であるJBブラウンと、ケーススタディの公開について検討してきました。同時に、ノードストロムでは、研究所における作業光景をドキュメンタリーとして記録を進めました。私が最初にビデオのラフカットを見た時、これは実にすばらしい教材になることを確信したのです。注目頂きたいのは「ラピッド・エクスペリメンテーション(素早い実験)」と、抽象的なコンセプトに対する「検証済の学び」の2点です。こうした作業が実際の作業現場で行われているビデオを見るというのは、文章で読むこととはまったく異なる次元で印象に残ります。Minimum Viable Product(MVP)の考えを理解しているJBは「スモール・スタート」による事業開始を提案し、「MVPケーススタディ」を投稿してくれました。今からそれを紹介したいと思います。

 

次の2つのビデオのうち、1つは研究所についての紹介、もうひとつはチームの実際の作業のケーススタディです。もちろん両方見てください。JBは将来のブログで回答することに合意してくれましたので、もし質問があればこの記事にコメントしてください。もし多くの関心が集まるようでしたら、この試みを更に拡大してみようとも考えていますので。

 

 

 

【訳者追記】

『2つめのビデオのサマリー』

【プロジェクト概要】

  • 顧客がサングラスを選ぶ際に、2つのサングラスをかけた写真を比較できるiPadアプリを開発する

(通常は1つずつ試して鏡でみるだけなので、かけた顔を並べて比較できない)

  • ノードストロムのシアトル店に、アプリ開発環境を持込んで実験開始
  • スタート時点では2枚の写真の比較という機能以外はすべて未定

【日々の進捗】

「Day1」ペーパープロトタイプとユーザーストーリーマップの作成

「Day2」最初のプロトタイプでユーザのフィードバック開始

「Day3」フィードバックループを2台のiPadで実現

「Day4」偏光サングラスの問題を発見

「Day5」付加機能を加え、最初のMVP完成

 

 

 

ビデオの中で私が特に気になった点をハイライトでご紹介します。

 

「1週間のイテレーション」

企業内でイノベーションに取組む際の最も大きな壁は、これまでは当たり前だった「のろのろ」した開発スピードをいかに打ち破れるかということです。ノードストロム研究所では、この問題を「1週間のインクリメント」によって解決しました。2つめのビデオでは、彼らがまったくの新製品を1週間で開発している姿を見ることができます。

 

「現地現物」

これは私がトヨタ生産方式のなかで気に入っている言葉のひとつです。その意味は「自分の目で実際に見て考える」ということなのですが、これはスティーブ・ブランクがいう「会議室を出て考える」という考え方のトヨタバージョンと言えます。顧客、営業、販売店の店長などと直接対面で会話することによって、イノベーションチームは非常に速いスピードで作業を実行するヒントを見つけ出すことができるのです。しかも彼らは単に会議室を飛び出しただけでなく、小売店の中に実際の開発環境を1週間かけて創りだしてしまいました。彼らはそこで製品を開発し、すぐに新機能をテストし、すべてが公開された状態でフィードバックを得たのです。信じられないかもしれませんが、これは実際に行われたことなのです。

 

「単純で素早い実験」

iOS向けの開発者からは、よくアプリ承認の遅さや開発の困難さについてのグチを聞きます。つまりこのようなプラットフォーム上では、ラピッド・デベロップメント(素早い修正開発&リリース)が困難だということを意味しています。上のビデオでは、彼らがこうした状況をちょっとした創意工夫で克服しているのを見ることができます。彼らが行ったのは単純に2つのiPadを用意しただけです。1つはセールスチームが、もうひとつは開発チームが担当し、休憩のたびに彼らはiPadを交換することで、(開発チームが修正した)最新のアプリを試験することができたのです。(このテクニックは、ペーパープロトタイプでも有効です)


 

エリック・リースの本文は以上ですが、まず、彼の文章では言及されていない幾つかの点を補足します。

  1. iOS向けのアプリ承認遅延の問題は、単純にローカルで更新可能にしたということです。更にスピードを上げるためにiPadを2台用意し、1台でユーザ検証を行なっている間にもう1台で機能追加・修正を行ったのです。
  2. 4日目の偏光サングラスの問題とは、iPadを縦にしたまま偏光サングラスをかけると、画面が真っ暗になって自分の顔が見えないという問題が「たまたま」わかったのです。きっかけは、様子を見に来たサングラスのバイヤーが「たまたま」偏光サングラスを選んだこと。この発見のおかげで、アプリを横向きに対応させることで、偏光サングラスの問題は解消されました。

 

さて、事例を振り返ってみましょう。

今回はエリック・リースによる、「大企業におけるリーンスタートアップの適用」として事例を紹介しましたが、この記事には実に多くの学習があると思います。

 

まずもっとも大きな点は、大企業でもリーンスタートアップの実践が始まった!ことです。

私は、スタートアップが大企業に確実に勝てる要素がひとつあるとすれば、それは意思決定と実行力の速さにあると思っています。

大企業では1つの企画案を実行に移すだけでも、いくつもの承認が必要です。大企業がこうした「スタンプラリー」(係長、課長、部長、取締役と順にハンコをもらっていくこと)している間に、資本力に劣るスタートアップが会議室でのろのろしていたとしたら、最大の強みさえも消えてしまいます。今回の事例は「イノベーションラボ」と呼ばれる部署が実施したようですが、大企業の通常の新規事業開発部門がこのようなスピードを手に入れてしまったとしたら、スタートアップに勝ち目はありません・・・。彼らは資本にモノを言わせてマーケットを支配してしまいます。

 

2点目は、大企業だって創意工夫をしながらリーンスタートアップを実践している(のだから、スタートアップはもっと工夫しないといけない)ということです。

 

リーンスタートアップを最速のスピードで実践していくのは容易なことではありません。常にアイディアが必要です。さらにこうした創意工夫を繰り返していくには、チームのチカラが不可欠です。

新規事業開発に携わるチームメンバー全員が仮説検証のために知恵を絞り、開発スピードを上げることに対して意識をあわせていることには、とても大きな意味があります。

また、たとえ大企業であったとしても「現地現物」の考え方を徹底し、会議室の中で起きたことは対面での検証を行うということがとても大切なのです。

みなさんのチームは、団結して、スピードを最速にし、会議室の外で仮説検証を実施していますか?

 

 

仮説の記述・検証に困ったら、“Lean Startup Japan”の朝会、夜会にぜひ参加してみてください。

 

しっかりと掘り下げていけば、必ず「アクション可能な仮説」の記述が可能になり、仮説検証から有益なフィードバックを得ることができます。