リーンスタートアップという言葉自体は、すでに多くの方に認知いただいている状態になりました。やはりエリック・リースのリーン・スタートアップ日本語出版はとても大きな転機だったと思います。しかしその一方、実際にリーンスタートアップを実践しているというスタートアップと日本で出会うことはまだ少ないのが正直な感想です。仕事柄、数多くのファウンダーの方々や企業内の新規事業開発担当者様のお話しを聞かせて頂く機会が多いのですが、本格的に実践中だという話しを伺うことは実に稀です。
様々な方とのお話しを通じて、最近、リーンスタートアップが実践されない理由にはパターンがあることに気がつきました。表現の違いはありますが、多くの方がおっしゃる「実践していない理由」は比較的同じ「誤解」から生じているように思います。そこで今回はそのパターンをご紹介するとともに、少しでもリーンスタートアップや新規事業開発に対する誤解を解消頂ければと思います。
リーンスタートアップを実践していない理由は、大きく分けて3つのグループに分けられます。
ひとつは「積極的にやらないチーム」ふたつめは「やりたいけどやれないチーム」そして最後が「やってみたけど定着しなかったチーム」です。
順にご紹介しましょう。
■積極的にヤラないチーム
このグループは何らかの理由や解釈によって、積極的にはリーンスタートアップを実践しようとしない集団です。実はリーンスタートアップから見た場合、このグループに属する人たちは「レイト・マジョリティ」ぐらいに位置しており、周りの全員が当たり前にリーンスタートアップをやるようになってから検討を開始するタイプかもしれません。少しずつ理由が違いますが、本質のところでは「リーンスタートアップを実践しなくても大丈夫」との考えは共通しています。
1.コード書いちゃったほうが絶対早いし!
実際、リーンスタートアップを実践していない最大の理由はこれだと思います。特に腕のあるプログラマだとなおさらです。しかし、いくら動くコードが書けても、ビジネスが出来上がる訳ではありませんので、やはり仮説検証を実施しない理由とは異なります。つまり製品・サービスを構築するためのコーディングではダメなのです。MVP(=実験ツール)として、机上で仕様をあれこれ検討するよりさっさとコード書き始めるというのは正解ですが、最初から製品を作り始めてはいけません。後にピボットが必要になった際に、とにかくコードは負債化します!
2.いや、ボクのアイディアは検証とかいらないし!
そうですよね。自信があるから起業しようとしているわけだし。でも、周りを見渡せばきっとひとりぐらいはアプリ作ったけど、ぜんぜんビジネスにはならなかったという人はいませんか? ぜひ一度そういった方の話しを聴いてみて下さい。ちょっと不安になるぐらいがリーンスタートアップへの最初の一歩です。とにかくこの状態のひとは、なるべく早く安く、最初のアイディアを形にしてしまいましょう。そこで何がイケなかったかに気づいてからでも、リーンスタートアップを始めるには十分です。
3.だって、まわりの誰もやってない…。
たしかに。。。でもそれは日本だけの話しで、世界では本当に多くのスタートアップがリーンスタートアップをしっかりと意識しながら事業を進めています。一度、Lean Startup Circleなどを覗いてみて下さい。世界中のアントレプレナーがどんなレベルでリーンスタートアップを実践しているのかが感じられるかと思います。と、日本でも着実にリーンスタートアップを実践しているスタートアップは増えてきていますよ。アドバンテージを得たいのであれば、ライバルより早くフィードバック・ループを構築するほうが良くないですか?
4.えっ、もう作っちゃってるし
大丈夫です。いままで進めたことをすべて捨てる必要はありませんし、仮説検証へ逆戻りする必要もありません。ひとつだけ気をつけるのは、このまま実装を続けるにしても、なるべく早くフィードバックを得られるように努力することです。ローンチを先送りしたり、カンペキなバグ取りを目指したりしてローンチを先送るほど、リーンスタートアップからは遠のいていきますので。それともうひとつ。どうせこのまま実装を続けるのであれば、ユーザの動作が把握できるバックエンドシステムも一緒に構築して下さい。そうすればリーンスタートアップはそこからでも開始できます。
5.うちはハードウェアを伴うので!キリッ
えーっと、リーンスタートアップは「ビジネスモデル」を検証するので、ソフトウェアとかハードウェアとか関係ありません。リーンスタートアップで検証するは製品・サービスの「仕様」だと勘違いしている典型例です。逆にハードウェアの製品の場合、一度市場に出してしまうと変更が困難なので、製造を開始する前の”Problem/Solution Fit”はとても大切な工程になりますから、そこをやるだけでも大きなアドバンテージになるのです。
6.リーンスタートアップって、自費で起業する人(Bootstrapping)向けのものでしょ?
たしかに投資家から投資を受けていたり、社内での新規事業開発であったりした場合、なんらかなの制約条件(計画の順守、期限、規約など)があって、すべてをフィードバックから変更していくのは難しい場合もあるかと思います。しかし、フィードバックからの学びが事業を成功に導いてくれるのであれば、ステークホルダー全員の利益につながるということは変わりません。上手にステークホルダーを巻き込んで進めてみて下さい。
7.データを見ても何も分からないよ。やっぱり直感的なアイディアが成功を左右するでしょ!
何も考えずに、ただデータを眺めた場合はたしかにおっしゃる通りです。でもデータを見る前に「仮説」を立て、測定基準(メトリクス)を設定することで、データはあなたに様々な答えを提示してくれるようになります。もちろん一概にどちらのやり方がよりイノベーションを起こす可能性が高いかは言えませんが、チーム内の「誰かのアイディア」に依存したり、アイディアに詰まってしまったりということが発生しない「仮説検証」の方が、より合理的で確実な進め方とは言えるかもしれません。
■やりたいのだけど・・・
さて次のグループは、チーム内の誰かはリーンスタートアップを実践したいと思っているのだけど、様々な事情で実践できないケースです。上手く周りを説得したり巻き込めればいいのですが、チームや企業の文化によってはとても困難な場合があります。ここでもやはり重要なのは、やりたくないと考えている人たちの誤解を解くことだと思います。多くの場合、新しい文化や手法の採用に消極的なひとほど責任感が強い傾向にあります。ミッション定義や誤解を解くことで、なんとか乗り越えたい課題です。
1.プログラマがやりたくないって言ってるから・・・
プログラミング以外のことをやりたくない!というプログラマがいるとしたら、そのチームはかなりマズイ状態です(もちろんデザインしかしたくないというデザイナーなども同様)。遅かれ早かれ、いつか仲間割れすることは間違いないでしょう。それはローンチ後にまったくユーザがいないという事態が発覚した直後から始まります。そしてお決まりの犯人探しが始まるのです。きっとプログラマはデザインのせいにするでしょう。指摘されたデザイナーはマーケティングの問題だと主張します。マーケターはサービスに致命的なバグがあることをアピールします。そしてCEOやチームリーダーは頭を抱えてこう思うのです。「こんなことなら最初からリーンスタートアップを強制するんだった…。」と
2.ステークホルダーがウォーターフォール志向
外部役員や投資家から「デモデーに向けてとにかくプロトタイプを作ってくれ」と言われたり、進捗をガントチャートでチェックするのが好きだったりすると、アジャイルすら思うように進みません。でもなかなか逆らえないのも事実です。企業内の新規事業開発の場合、経営者や上司にこうした傾向は多く見られます。特に既存事業での成功体験が強いと、その傾向はさらに強くなりがちです。対策がなかなか難しいのですが、まず大切なのはこうした旧世代の考え方をするひとたちの望みは基本的に叶えてあげるようにするのが大切です。その上で、リーンスタートアップのようなやり方の必要性を少しずつ共有して行きましょう。エリック・リースの書籍が常に職場にたくさん置いてあって、投資家や上司がいつでも手にとって読み始められる環境を作っておくのもいいかもしれません。Lean Startup Japanのサイトを紹介するのも効果的です(笑)
3.やり方が分からない
そうなんです。エリック・リースの書籍は概念を中心に記述されているので、読んですぐに実践というのがなかなか難しく、一方、本家スティーブ・ブランクの「アントレプレナーの教科書」は、プロセスの解説がとても詳しいのだけど、内容があまりにもBtoBに偏っていて、C向けのビジネスを構築する際に、多くの「読み替え」が必要になるケースが多いのです。そこで、まったくどこから手を付けたらいいのか分からない。。。という方に、私はある方法をオススメしています。とにかく来週までに、なにかひとつでも良いので実験をやってみるのです。デスクを離れて誰かにインタビューをしにいくでもいいですし、パッとランディングページを作成してユーザの反応を見てみるでもいいので、まずは実験する体質をつくることです。「MVPの仕様はどこまでにすべきか・・・」などのリーンスタートアップのお勉強を始めることはあまり効果はありません。まずは動いてみましょう!
■やってみたのだけど・・・
最後のグループは、とにかくリーンスタートアップをやってみたのだけど継続できなかったというケースです。どこで定着しなかったかはチームによって原因は様々ですが、最終的に旧来のやり方に戻ってしまうには共通した理由があります。それはビジネスの成功以前に、なんらかの結果を出すことや、進捗について報告をしなければならなくなることです。
1.仮説が上手く書けない(なかった)
2.仮説が上手く検証できない(なかった)
3.検証できたのか分からない(なかった)
1~3ともに、最初から上手にできるという人は逆にほとんどいません。インタビューひとつを取ってみても、効果的なインタビューを行うためには、良いシナリオ、良い環境、良い協力者、優れた傾聴力など、様々な要素が必要です。こうした要素全てにおいて最初から上手にできる必要はなく(できるはずもなく)、少しずつでよいので「仮説ドリブン(仮説の検証を目的に日々の作業を行うこと)」を目指してみましょう。実験を繰り返してみるような体質が生まれるようになれば、仮説力と検証力は自ずと進化していきます。特に検証できた瞬間というのは、一度体験すれば必ずわかります。「これだっ!」っていう手応えを、チームの全員がほぼ同時に感じるような瞬間が、きっと仮説検証を繰り返すうちに訪れるのです。また、ここでも同様に投資家や上司とどう折り合うのかが問題になる場合がありますが、先ほどのケース同様に、両方のニーズを叶えながら、徐々にリーンスタートアップにシフトしていくというのが無難かと思います。対立はせず、巻き込むことを常に意識しましょう。
4.あれ?スピードが遅くなってる気がする…。(ここで諦めてしまう)
これはとても良く分かります。リーンスタートアップを実践し始めると明らかにコード書いている時間が減るので、特にプログラマはとてもスピードが遅くなったような感覚になるのです。1週間、1ヶ月経過したのになにも実装できてないと、とても不安になるのです。しかし何度も繰り返しますが、スタートアップが構築すべきは「ビジネス」であって製品・サービスではありません。たしかにサービスの構築は遅くなっているかもしれませんが、ビジネスの構築は確実に前に進んでいるのです。積み重ねた検証結果を見てみて下さい。1週間前、1ヶ月前には気づかなかったことがたくさんありませんか?いままでのやり方では、そうした気づきを得るのに3ヶ月とか半年とかかけてサービスを構築してからやっと得られていたものを、半分以下の労力で検証できるようになったのです。これは大変なスピードアップの証拠ですから、こうした効果を実感できるようになるまでもう少しガンバってみましょう!
さて、リーンスタートアップをやらない理由を様々振り返ってきました。まだリーンスタートアップを実践されてない方は、共感できる理由はありましたでしょうか?
ここで挙げた理由以外にもまだいろいろな原因があるかと思いますが、リーンスタートアップを実践するために絶対必要なのは「新しい文化」です。旧来の文化や知識で考えている限り、新しいアプローチを受け入れることはできません。計画よりも実験、個人の効率よりもチームの効率、大きなマーケットよりニッチなマーケット、多機能よりも単機能、完璧よりも完了、知識よりも学び、大きなバッチより小さなバッチ。。。理解すべき新しい考え方は実に幅広く存在しています。こうしたひとつひとつを理解することで得られる最大の効果は「柔軟性」です。想定外のことが多発するスタートアップにおいて、最も重要な体質が柔軟性なのです。
リーンスタートアップはチームから柔軟性を最大限に引き出します!
そしてピボットへの対応は柔軟性を増し、やがて成功に近づくのです。